About Company

松屋を知る

松屋フーズの挑戦

誕生から50年。
“お客さま”のために変化と挑戦を続けてきた、松屋フーズ。
松屋フーズの成長と社会への影響を見る、これまでの歴史

Matsuya’s
challenge1
1966
中華飯店“松屋”誕生
中華飯店“松屋”誕生
一度は商社に入社したものの、納得する人生を送りたいという強い思いから独立を決意した創業者(現代表取締役会長の瓦葺利夫)。知り合いの紹介で開店した中華飯店は、広さ約8坪、たった3人からのスタートだった。
1968
牛めし焼肉定食店“松屋”開業
牛めし焼肉定食店“松屋”開業
お金がなくても、ひとりでも、家族でも、誰もが肉も野菜もちゃんと毎日食べられるようなお店にしよう。そんな思いから、昼は学生に牛めしを、夜は帰宅する独身サラリーマンに定食を提供しました。
1989
“株式会社松屋フーズ”に商号変更
“株式会社松屋フーズ”に商号変更
株式店頭公開を見据え、組織改編を積極的に進めてきた総仕上げとして、“株式会社松屋フーズ”へと商号を変更。総合的な「食の提供」への想いを込めた社名を冠したことで、新たなステージへと踏み出しました。
Matsuya’s
challenge2
2000
バブル崩壊時、290円への値下げ ピンチをチャンスに!変化を恐れない松屋の姿勢
バブル崩壊時、290円への値下げ
ピンチをチャンスに!変化を恐れない松屋の姿勢
1990年代前半、日本でバブルが崩壊。世の中は失業者の増加、生活苦にデフレが蔓延。消費が低迷する中、松屋フーズは「不景気ならば一層商売がしやすい」と発想を転換。他社に先駆け真っ先に牛めしの値段を値下げしました。「みんなの食卓なのに、手の届かない食事を出してはいけない」という信念が根底にある松屋フーズだからこその決断でした。
2004
BSE問題、そして豚めし販売開始
BSE問題、そして豚めし販売開始
2003年、米国でBSEが発生。これに伴い、日本政府は、牛肉輸入を禁止しました。偶然にも、松屋フーズでかねてから開発に取り組んでいた豚めしが、BSE発覚のその日に完成。牛めし販売中止の3週間ほど前から、他のどこよりも早く、豚めしを発売することができたのです。
2005
とんかつ事業スタート
とんかつ事業スタート
これまでのとんかつのイメージを変え、大衆日常食にできないか試行錯誤を重ねた。リーズナブルな価格でより気軽に食べられる業態づくりを目指した。
福松

2006年 鮨業態
「福松」三鷹店開店

麺Diningセロリの花

2010年 ラーメン業態
「麺Diningセロリの花」
吉祥寺店開店

マイカリー食堂

2013年 カレー業態
「マイカリー食堂」
渋谷宮益坂店開店

2004
海外初出店 中国青島
海外初出店 中国青島
中国で、初の海外出店となる青島ジャスコ店を開店。その後も、上海、NYと海外進出を進めます。現在では東南アジア展開も見据え、幅広い業態を模索。「みんなの食卓」は「世界の食卓」として、今後も成長を続けていきます。
すし松

2006年 鮨業態
「すし松」蒲田1号店、蒲田2号店、吉祥寺店開店

cafe terrasse verte

2009年 カフェ業態
「cafe terrasse verte」
本社ビル2Fに開店

2012
1,000店舗達成
1,000店舗達成
グループ総数1,000店舗を達成。お客さまにご満足いただくことを追求し、求められ続けてきたことが数値として結果になりました。世の中の変化すら楽しみながら、次の100年に向け、松屋フーズの挑戦は続いていきます。
Matsuya’s
challenge3
2013
とんかつ業態“松乃家“の快進撃 新たな業態でトップを目指す
とんかつ業態“松乃家“の快進撃
新たな業態でトップを目指す
2005年、新業態「黒豚とんかつ&和定食の店 松乃家」を新宿大ガードに開店してから、「松乃家」ブランドのとんかつ業態店を積極的に展開。揚げたて、ボリューム満点のとんかつがワンコインで味わえる親しみやすさが支持され、80店舗を超える急成長を果たし第2の柱として確実に定着しつつあります。
ヽ松

2016年 天ぷら業態
「ヽ松」立川北口店

松乃家

2016年 とんかつ業態
本格的な海外展開に向けて、「松乃家」だと漢字ばかりのため中華料理店に間違えられやすいことから「松のや」にロゴを変更した。

目指すは、外食日本No.1
そして、世界へ。